私の事

 

私の経歴についてあまり書いたことがありませんでした(^_^;)
隠してるわけでもないのですが、書くほどのものでもないので書かなかったのですが…この度少し自己紹介してみたいと思います(*’▽’*)

三重県で生まれたのですが、父の転勤で幼稚園、小中学生時代は千葉県で育ちました。

私がピアノを始めたのは年少の時、ヤマハ音楽教室のグループレッスンで始めました。母がエレクトーンの先生をしていたので、母の指導で教室の課題とは別に家でもどんどん曲を進めていました( ̄▽ ̄;)家では母が怖かったのですが、先生が誉めてくれるのがうれしかった記憶がありますヽ(*´∀`)その頃から将来の夢は「ピアノの先生になりたい」でした(๑>◡<๑)

私が小学校に上がる頃、母は私を音楽の道に進ませたいと思い、私はヤマハの専門コースに進む事になりました。
専門コースでは
グループレッスンでアンサンブル、聴音、作曲、編曲、伴奏づけなどを学び、個人レッスンではピアノ奏法を学びました。作曲の宿題が大変だったのを覚えています( ̄▽ ̄;)

3年生になった時、音大を目指すために、地元で有名な先生に教えてもらう事になりました。その頃、コンサートに出演させてもらったり、先生のお知り合いだった中田喜直先生や深沢亮子先生に教えていただくという機会もあり、音楽の道を極めるにはお月謝、お礼、出演料、交通費、衣装代など、莫大なお金がかかる事を知り、母は音楽の道に進ませるのを諦めたようです。

そして5年生の時、その先生をやめ、普通の先生(とはいっても愛知県立芸大出身の立派な先生でしたが)に習う事になりました。母はその時にはピアノは趣味でさせるつもりにしていたので、何も言わなくなり、この頃から私はピアノが楽しくて仕方なくなりましたヽ(*´∀`)

中3までその先生に習っていましたが、中学の時は勉強も頑張っていたので、ピアノの先生になりたいという気持ちもありましたが、勉強で進む道も考えていました。ただピアノを弾くのが楽しくて勉強の息抜きにいつも弾いていました(*´∀`)♪

中学卒業と同時に三重県に引っ越ししました。入学最初の進路希望調査で400人の生徒のうち360人が名古屋大学を希望する地元の高校に入学し、私もその時は名古屋大学に行くぞ〜!と意気込んでいました( ̄▽ ̄;)

入学前の春期講習から駿台予備校に通っていたのですが、一緒の高校に通う男の子がいて、私がうんうんうなっている問題をいとも簡単に解いていました(T ^ T)彼はソロバンを習っていたので、計算問題も一瞬で答えを出してしまうし、英単語もテキスト全体を画像としてコピーするように記憶できるらしく、単語テストも「授業の始まる前の10分休み時間に眺めるだけで覚えられる!」とのたまうので、私には天才に見えました( ̄∀ ̄)それで私は自分の子どもができたら何よりもまずソロバンを習わせようと心に決めて今に至ります。゚(゚´ω`゚)゚。

そして私は母に宣言しました。「全然勉強しなくてもできる天才がいる。私がどんなに努力してもその子の足元にも及ばないんだから努力しても意味がない!私は音楽の道に進む!」と。
母は猛反対!「音楽の道なんてとっくの昔に諦めたじゃない。音大は絶対ダメ!音楽なんて潰しがきかないし、音楽なんかで食べていけない!」と。
私は、「ピアノの先生になる事しか考えてないし、潰しなんてきかなくていい!食べていこうなんて思ってないし、食べていけなくてもいい!結婚相手に養ってもらう!」と大げんかになりました>_<
そしてお互いが譲り合うという形で、教育学部の音楽科なら、学校の先生にもなれるし普通に就職もできるし、音楽科なんだからピアノの先生にもなれるという事で、三重大学の教育学部音楽科に進みました。

教育学部は基本的には学校の先生になりたい人が行く学部で、教員になるための授業が多く、私はそのつもりが全くなかったので卒業するために最低限の単位をさっさと取ってしまい、大好きなピアノを弾きまくり、家庭教師のバイトをしまくって、貯めた費用を遠距離恋愛していた彼との電話代と交通費に使うという日々を送っていました(^_^;)

そしてその彼と大学3年生の時に永久就職をしました(╹◡╹)♡予定通り、今も養ってもらってますヽ(*´∀`)

大学を卒業して間もなく子どもができたので働く事もなくお母さんになりました。ピアノを教えたいという思いより、我が子をピアニストに!という思いが強く、それに必死でピアノの先生になる事を忘れていたのですが…幼稚園でピアノを弾かせていただく機会などがあり、娘や息子のお友達のお母さんたちから「うちの子にピアノ教えて〜」とチラホラ言われるようになり、3、4人の生徒さんをほそぼそと教え始めるようになりました(*^◯^*)

今では生徒さんが増えて忙しくなりました♪( ´▽`)こう振り返ってみると幼稚園からずっと思っていたピアノに先生になりたいという夢がかなっていて、ピアノとの関わりでいろんな感動や喜びをもらっています。みなさんに感謝です╰(*´︶`*)╯♡

そして余談ですが…私が高校生の時に出会った天才君はどうなったでしょう?
現役で東大理1に行きましたが、今ではふつーうのただのサラリーマンになってるみたいです(≧∀≦)

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